橘玲の本はいろいろありますが、この本はライターさんがまとめ直した本のようです。
橘玲さんは過去にいろいろと個人がお金儲けする方法の本を書いていますが、私は具体策より考え方のほうが大事だと思っています。
たとえば今、2019年初夏ですが、今年はタピオカが間違いなく売れまくるでしょう。
だからといって、私はタピオカ屋をやる気はおきません。
でも、儲かるならなんでもやれる、という人も世の中には多数おられるので、そういう人は橘玲さんの金儲けの具体策は参考になるとは思います。
さて、今回、この本で橘玲さんは会社以外の経済活動の仕方をわかりやすく、まとめてくれています。
それは「伽藍とバザール」という言葉に集約されます。
もともとこの言葉はレイモンド・エリックという人がソフトウェアの開発手法について論じた言葉です。
伽藍ってお寺の建物みたいなのを想像してほしいんだけど、秩序だった人間組織がありそこからなにかを作り出すこと。
たとえば、マイクロ・ソフトのWindowsプログラムをまともにするべく、Windows NTをカトラーがプログラマーチームを率いて作り上げるようなパターン(「戦うプログラマー」という本に詳しい)をいいます。
バザール形式としてはLinuxがあげられます。エリックによればリーナス・トーバルズというハッカーが原型は書いたけど、彼の本当の天才ぶりはむしろプロジェクト管理にあったと指摘しています。
今のオープンソースはリーナス方式が普通ですわね。
マイクロ・ソフトがWindows10以降を出せなくなってしまった理由のひとつには無料のオープンソースでできたLinuxですべてをまかなえてしまうという事実があると思います。
(レンタルサーバー、Android, IoTデバイス、はたまたプレイステーションまでみーんなLinuxで動いています)
さて、橘さんは現在の主流の企業を介した経済活動は「伽藍」だと指摘しています。
たしかにそうですよね。社長がいて部長がいて課長がいて、平社員をこずきまわして、自分たちの望むことをやらせている。
上の「伽藍とバザール」を読んでいましたから、この話をビジネスに展開するというのは
「なるほどなぁ」(あ!ちなみにこの論文は青空文庫で読めますよ!
何度か書いていますが、「週四時間だけ働く」というすでに絶版になった本がありますが、この本のからくりは英語圏の人が徹底してアウトソーサーを使うことでした。
この本を読んだころには、日本やアジアにはそれほどアウトソーサーはいなかったのですが、最近は増えていてほとんどのことはアウトソーサーに代行することが可能です。
伽藍を自分で作る方法は、社員を雇い君臨するか、アウトソーサーを使うしかない、と思っていたのです。
しかし今はしばしば話題になるGAFAというインフラを持った巨大企業がいます。Google, Apple, Facebook, Amazonですね。
もう少し追加したほうがよく、Twitter, Instagram(Facebookの持ち物だけど)やYoutube(Googleの持ち物だけど)も大事なインフラですよね。
しばしばタレントと競合するYoutuberという人々が生きているということの意味するところは、こういう会社のインフラの上で泳いでいる人がいくらでもすでにいるということです。
たとえばなにか作る。プログラムならApple StoreやGoogle Play, 製品ならAmazon.
宣伝はFacebook、Youtube, Twitterで呼びかける。
もうひとつこの分業について橘玲氏は大事な指摘をしています。
日本企業はなぜかサラリーマンをジェネラリストにしたがり、2,3年おきにローテーションさせる。
結果的に素人がプロの仕事をすることになる。
おそらく日本企業の生産性の悪い理由はこれです。
普通、アメリカやヨーロッパの人は自分がなんの専門家であるか理解しています。
とくにドイツなどだとマイスター制度があり、どこで働いてもあまり賃金は変わらないらしいです。
だから橘氏にいわせれば、企業は本来、スペシャリストとバックオフィスしかいないはずで、日本人が考えているサラリーマンはバックオフィスだ、と。
同じことは山口揚平氏も言っていて「日本企業で働いてスキルがつく人なんて、ほんのわずか」と言ってます。
やはり自分をスペシャリストに育てて、GAFAのインフラの上で商売をする、というのが正しいのではないでしょうか。
(続きです)
さらに橘氏は「人脈を考え直せ」と書いておられます。
私もそもそも「異業種交流」なんてものは期待しないほうがいいと考えてきました。
だって1,2度行ってみればわかります。
おいしい話はないかと卑しい顔してうろついている男女しかいません。
考えたら当たり前で身近な人間にはおいしい話をしてもらえないから、こじらせてわけのわからん会をうろついているのです。
自分でなにかみつけたら、そんなところをうろつく暇もなければ浮ついた気持ちも起きません。
そもそも「周囲にいる人間を巻き込んで」うまくいくことはめったにありません。
結局、お互いに腰がひけて約束したこともやらず、消滅していくのが普通です。
カネがからむと人間は態度が変わります。
そのカネを橘氏はポジティブに考えます。
「親しい友だちを無理に増やさなくても、日々、売買により多数の人とつきあっているではないか」と。
当たり前ですよね。コンビニ行っても電車乗っても、レストラン行っても知らない人にサービスしてもらってつきあっているわけです。
それくらいの浅い付き合いが経済活動だということです。
だから知人に「いい情報を流してあげる」「いい人を紹介してあげる」「仕事をあげる」ということが、たまーに自分にヒットした時にできるくらいでいいのです。
もちろん私の経験ではそういうことをしてあげても、まったく反応しない人もいます。
私の経験ですが、零細カットハウスチェーンの社長が悩んでいたので、年商100億円の会社の会長を紹介してあげても「ありがとう」すらいえない、意味がわからない社長だっているのです。
でもそういう人なんだから、それ以上つきあわなくていいじゃないですか。
それが会社と違うところです。バザールではよくない店には行かないことができます。
もうみんなは忘れていますが、10年くらい前にはTwitterなんてありませんでした。
今はバズる大事な道具になっていますが、こういうネットのツールの意味について考えなおしてみましょう。
基本的に企業が知らせたいと思っていることはほとんど広まりません。
広まる時は常人が本当に感動したか、逆に顰蹙を買った時です。
どちらにしても企業に対しては感情的にしか動かないのです。
これはどう考えても企業が「マーケティング理論」で導きたい方向ではありません。
ネットの伽藍に対する反応はこういうものです。
一方で、友人同士などについてはよくも悪くも温かい目で見ます。
バザールとはこういうものだと思います。
バザールでの仕事の仕方とは個人的な感じでつながるのではないでしょうか。
個人商店を意識するということだと思います。