よく「ひとつのことを一生懸命やって突き抜けたら食える」なんていう先輩いませんか?

とくに技術職だと「◯◯さんは、ウチの会社でこの分野で一番だからねぇ」なんていう人がかっこよくて仕方なくないですか?

そういう道を目指してはいけません。

確かにわかりやすくてカッコイイんです。

でも、役員にそんな人いないことに気づいてください。(除く、零細企業)

こういうカーブよくありますよね。
学習も同じです。

トップになるには、成長の割に大量の勉強(仕事)が必要なのです。

ところがそんなに勉強した高度なスキルを使うことが、普通の職場で何度あるでしょうか?

こういう疑問を提示しているのは、私がまさに20歳代に陥った壁だったからです。
スキルが高いことと、会社から評価されることは別です。

それよりも、同じ労力で別の分野を勉強したほうが「使えるヤツ」になれますよね。
(勉強しないという人間は問題外ですが)

技術でトップを極めたところで、その技術はやがて古いものになっていきます。
20年くらい前に「俺はロータスノーツをよく知っているからこれで一生食っていく」と言い放った金髪の三流エンジニア君は今どこでなにをやっていることやら。

同様の例は子供のころにも起きます。

たまたま、ちょっとだけピアノが得意、バレーが得意、野球が得意、サッカーが得意、などなどだと自分が頂点を極めたことのない親に限って子供に英才教育をしようとします。
ところがこういう裾野が広い分野は必ず、上には上がいるものです。
プロで食えるだけ稼げるのはごくごく少数の才能と運と(親の資本)に恵まれた者だけ。

むしろその得意な面を維持しながら、他の仕事をしたほうが、豊かな人生を送れることになぜ気づかないのでしょうか?
野球が得意な営業職なら草野球で商談取れるでしょう。
ピアノが得意な人ならお祝い事で弾いてあげたら感謝されるでしょう。

ひとつの分野で食おうとするよりはるかにみのりが多いのです。

そして、起業のためにはやはりいろんなことを知っていなくてはなりません。

ならば、目立つためにトップを目指す体力を自分が使えるヤツになる複数の方向に振り向けたほうがいいのです。

ひとつの分野でトップになれなくても、ふたつの分野を知っていることでトップになれるかもしれない、それでもダメなら3つの分野でトップになれるかもしれない。

この考え方の優れている点はビジネスはさまざまな局面がありますから、評価されやすい、付加価値をつけやすい、お金になりやすい、ということです。

短期的に目立ちたい気持ちはわかりますが、その稼げない方向は不器用な人のために空けておいてあげましょう。