雑感(日記)

コミュ障なら礼儀に頼ろう

自分にコミュ障とレッテルを貼るひとは多いと思う。

個人的には「最低の奴だ」と思う。

なぜならば私自身が他人とのコミュニケーションにめちゃめちゃ苦労したから。
簡単に笑いながら「コミュ障で」などという人間は、人間関係から逃げるための言い訳をしているにすぎない。

毒親に育てられたせいで常識というものが長年わからなかった。

二十歳代の頃に「これじゃ生きていけないだろう」と思い自分の行動と相手のリアクションをひたすら研究した時期がある。

普通に人付き合いできる人は親に感謝すべきだと思う。

コミュニケーションの話しとして英会話の話をしたい。英語を学ぶとき、日常話される語彙はとても少ないという話がよくでる。せいぜい350語だとか、600語だとか。

(これには罠があり、代わりにたくさんのスラングを覚える必要がある)

しかし決まりきった受け答えで一日を過ごしているのはアメリカ人だけではない。日本はもっと変化や多様性のない国だからやりとりのパターンはもっと少ない。

それでもいきなりすべてを覚えることは大変だが、それを助けてくれるのが礼儀だ。

礼儀の趣旨はよく知らない人がお互いに敵意がないことを確認し、仲良くなるための最大公約数だ。

いきすぎた礼儀は慇懃無礼といわれるが、適度な礼儀はコミュニケーションスキルのない人にこそ役に立つ。

にもかかわらず、なぁんの努力もしないで「コミュ障」だなんて言わないでほしい。

それ病気じゃありませんから。

関連記事

  1. 著作権の議論はいつも止まる

  2. 刑罰についての考え方

  3. iphoneは今度こそAndroidに負けるかも?

  4. また出たよ。永久機関

  5. 「やってみた」の時代

  6. 忘れられないショック

  7. 石巻でちょっと冬を過ごして思うこと

  8. 動画変換