どちらもビジネス用語だが、「イノベーションのジレンマ」はある製品が売れたから、と、どんどん技術をつぎ込み、お客が必要ないレベルになる。一方で、ある程度の技術で安い競合製品のほうが売れてしまう現象。
日本を見回せばいくらでも例がある。日本製の自動車がアメリカ市場で韓国製に追い抜かれていること、日本の工作機械が中国製に駆逐されつつあること。要するに品質と価格のトレードオフを知らない人間が過剰品質を作りこんで「高級品だから金ください」と威張っていたら、そこそこの価格でそこそこの品質の供給者に市場をもっていかれたということだ。
ゲーム業界もそういう状況だという。
PS3やWiiのゲームは売れずにモバイルのゲームのほうが売れているらしい。声のデカイ、マニアのいうことを消費者一般の意見と取り違え、ものすごいグラフィックとむつかしさを搭載したら、後から参加できる人間はいなくなってしまい、いつでも辞められるお手軽ゲームのほうが売れているということだ。ここでヘビーなゲームを制作している人間は「あんなもの」とつぶやくだろうが、それがまさに「イノベーションのジレンマ」である。
一方で、特定の客なんぞ無視して、「これが売れる」とつっぱしる戦略をゴールデンアローという。典型的なのがユニクロ。アパレルで「どの年齢層に売るのか、はっきりしないもんは商品じゃない」と怒鳴り散らしていたバイヤーを尻目に「これくらいのもんだったら、老若男女すべてが買うよ。」と広く浅くを達成し続け、はや20年以上。その間、ユニクロの低価格戦略の前に百貨店を代表とする、「バイヤーのセレクション」だの「ブランド戦略」なんていう、たわ言はすべてふっとんだのに、百貨店を覗くとまだ反省していないようだ。
不思議だ。2010年は百貨店の半数が赤字に転げ落ちたのに。
もともとお化け商品にはそんなものが多い気がする。目の前にたまたまあるハリー・ポッターのDVDだって原作者のJ.K.ローリングだって妹に読ませようと書いたというし。
ゴールデンアローに必要なものは、単品の議論じゃなく供給者の世界観だと思う。それにいくぶんたりとも共鳴する人が買うんじゃないかな。
イノベーションのジレンマも世界観はあるのだと思う。ただ、多くの人がついていけない世界になってしまった。ゴールデンアローはみんながついていける世界観。
この小さな差が大きく結果を左右する理由はモノ余りだからなんだと思う。ありとあらゆるものがあるにもかかわらず、無制限に使えるお金と、なにより時間はない。そうすると、あれも少し、これも少し、にならざるを得ない。
例えば、いまどき、シャネルをコレクションしている、と聞いたら、お金持ちと思うよりも、「もっと有効な金の使い方あるでしょう、頭悪いんじゃないの?」と思ってしまう。特定の世界観に24時間ひたっているのはカッコ悪いのである。
だから、どれもそこそこにしか扱わない。ところが供給者側は毎日のことだから、ついつい客以上に入れ込んでしまう。わかっていてやっていればいいが、いつしか、たまにいるマニアのことを客だと勘違いし、そこそこの客を切り捨ててしまう。ふと気づくと周りには誰もいない、という状況だろう。