「おまえの代わりはいくらでもいる」

雑感(日記)

と言われたり、自分で自分のことを思ったことはありませんか?

長年、インディペンデント(独立)の道を探し続けた私も、若い頃はこの言葉が心にすごくひっかかっていました。

昔、IBMにいた時も東大を出たことが自慢の鼻毛を出したSE部長に「できないなら、他の人にやってもらうまで」などよくいわれ、パワハラされていたものです。
確かに、言われた時は仕事の文脈上、頭を下げるしかありません。
短期的にはがまんするしかないです。

私をふくめ、多くの人がかかっているマジックがあります。

それは「同じ尺度で評価されることが公平である」という思い込みです。

「当たり前じゃないか」ともし思っているならば、それはとてもマズイです。
人生を切り開いていけません。

小学校、中学校、高校、大学と16年間、
そしてよせばいいのに会社によっては昇進試験なんぞというくだらないものがあるため、
多くの人は自分の仕事の評価は「客観的な指標」があってされるものだと思いこんでいます。

しかし、よーく考えてみてください。
常々書いているように、会社の本質の第一義はカネを合法的に儲けることです。
どれだけ精神論を唱えようと、赤字ではどうしようもありません。
黒字であるということは、お客さんがいて製品やサービスを買ってくれているということです。
そのサイクルが大きくなると、たくさんの雇用をせねばならず、たくさんいるからみんなの不満が出ないように二次的な公平論を持ち出すのです。

ホントウに誰が貢献したかなんて、大規模なビジネスの現場では特定できるわけがないです。

冒頭の言葉は、すべてを自分でやれない人が吐くセリフだと気づいてください。

しかし、自分がビジネスをやる、と決断した途端に世界は変わります。
ビジネスの世界はルールは自分で打ち立てていくものです。
学校のような考え方、スポーツ、音楽関係のような考え方は成り立たないのです。

現場仕事を忘れない。
これはエンジニアやテクノクラートがプロとして生きていく上で必須です。

過去、サラリーマンで数え切れないほど現場を忘れた、いやそもそもできないエンジニアや営業を見てきました。
全員、サラリーマンとしてビジネスのパーツを受け持つことでしか生きていけないのです。
最近の若い人が鋭くもマネージャになりたがらないことは正解だと私は思っています。

サラリーマンは先の二次的な評価を頼りにし、人間関係に汲々とし、転職も頭を下げていれてもらうしかないのです。

だから「代わりはいくらでもいる」と言われたり、感じたら「自分じゃなきゃできないこと」を考え始めましょう。
少しずつでよいのです。
今日、ひとつのことを学べば一年間で365個ものことを学べます。
そうやって長期的には独立すれば、
「あなたの代わりはいない」
世界を見ることになります。

なんでこんな記事を書いているかというと、どこかで「入社することが難しい企業ランキング」などを作り、偏差値までだしているバカ記事を見たからです。

今、企業のいい時は長くて20年と言われています。今、ピークの企業はこれから下る一方なのです。
日本のメーカーも中枢を握っている人々が過去の成功体験を忘れられないから、ハードウェア偏重のピント外れの製品を発表しては失敗しているのでわかるとおり、没落への道を進んでいます。
今、旬の企業のアイリス・オーヤマの部長はこんなことを話していますし、イマドキの考え方です

にもかかわらず、勝手に企業のピラミッドを作って、受験のような煽り方をすることはあまりにも子供っぽい考え方です。
そんなことをしていたら、次のGAFAを見つけそこねるし、いつまでたってもよい就業チャンスを発見できません。
世の中に知られるようになった時は手遅れです。
すでにIBMやhpがなにを言おうが、IT業界は無関係に動いています。Appleだってすでに怪しいものです。

「2025年を制覇する破壊的企業」という本では, Google, Amazon, Facebook, Apple, MicroSoft, Netflix, テスラ、クラウドストライク、ロビンフッド、インポッシブル・フーズ、ショッピファイをあげています。
こういう本のネタは当たるか外れるかではなく、有力候補として見るべきでしょう。
逆にもしあなたが知らないのであれば、それはまずいかもしれません。
こういう企業を眺めながら、ビジネストレンドを見て、ビジネスチャンスを発見するという考え方をしましょうよ。

 

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