雑感(日記)

人生の目的の達成と財産

あまりこういうことはブログで書かないでおこうと思っていました。
しかし、ここ数日、自分の決意とその結果起きる「試しの現象」があまりにも、あまりにもタイムリーなので、志がある方とシェアしたいと思います。
(これを書くために夜中の2時43分です)

世の中の多くの男性で結婚した人は自分の役割をどう、お考えなのでしょうか?
近頃は、夫婦でも別家計で役割分担する、なんてことはよくあることのようです。

昭和生まれの愚かな男共は「女の費用を払うのは男の甲斐性」という価値観で生きてきました。

私の父達(大正末期から昭和ヒトケタくらいまで)の人々はまさにそう考えておられ、奥さんのわがままに一生懸命答え「あなたはなにが楽しかったの?」という人々でした。
私の父が日記に「◯子さんと成長したい!」と書いていても、当の◯子さん(私の母)はいい条件の旦那を見つけることしか考えていなかったのです。
子供のワタシに「お父さんは給料が高いから贅沢させてくれると言ったけど、大したことなかった」と言いながらタンスに和服を重ねていました。
事情がわからない息子は幼稚園のころから、医者の息子と接点があり、田舎でも差別があり、なにかとバカにされるわけです。

母のあまりもの性格の悪さに叔母の息子(=いとこ)に「あの家はどういう育て方をしていたのか、思い当たることはないか?」と聞いたくらいです。
これは俺の母が異様なのかと思っていたら、家内の母親も同じようでした。
内情はデタラメでも「世間によく見られたい」という見栄は昭和の女共通の価値観かもしれません。

世の中を動かすルールに気づかない普通の人はそのように反応するのだと思います。
なんとなく周囲に漂う価値観。それを空気と呼ぶのでしょうか。
今どきの若い人に金持ってないのに金持っているグループにいたがる、という行動は理解可能なのでしょうか?
—-

これを読んでくださっている人も世の中のルールがわからないから苦労しているのかもしれません。

残念ですが、目の前に起きている現象をいくら見つめても「なぜ、それがなぜ起きるのか?」の答えは得られません。
私達の昭和初期生まれの親たちも、それは知りませんでした。
ひたすら「ゆくは博士か、大臣か」という立身出世が自分の幸せなのだと信じていました。

残念ですが、現代社会でわかることは、世の中の肩書、出世には価値はありません。
博士なんて食えない典型的な肩書きとなりました。(不思議ですが)
政治家という存在が「民意を反映している」なんてインターネット時代は嘘だとわかっています。
民主主義の根幹すら実は揺らいでいます。

端的にいえば、出世争いでモラルを保つことは、よほどの大人物でないかぎり、ムリ。
普通の人は、たまたま、得たポジションを「自分のものだ」と錯覚します。
そして、役職定年で剥ぎ取られます。
おじさん達はそこで、会社から思い切り屈辱を味わわされるようです。
でもねー、それは会社の力と自分の力を峻別できなかったためだよね。
会社での地位しか興味がなくなる理由は、会社に重きを置きすぎだからです。
毎日かよって、ダラダラ過ごしている場所だから、そこがメインの居場所で人生だと誤解する。
今の20歳代より上の人々はいまだにその幻想を抱いているように感じます。
自分の人生の目的を会社の中に見出すことは個人の勝手ですが、圧倒的多数の人はその動機が「見栄、世間体」ではないでしょうか?
だったら、それは人の人生の目標、もっというと、人が生まれた理由にはなるわけがありません。

ましてや今は寿命が大幅に伸びました。私の親の世代は定年がナント55歳。
今は60歳でもおじいちゃんというよりは、もう少しギラついてます。
一方で変化の激しい現在、会社の寿命はせいぜい25年と言われています。
とくに日本は経営者の質が悪いですから、寿命は短い。
結果的に誰でも数社は転職することになるのが今どきです。

出来事はいろいろあっても単純な話です。生活のために入社した会社で普通の人は人生の目的はみつかりません。
会社で仕事をして生活がある程度、回るようになったら、もっと遠くに飛ぶ必要があるのです。

私がこのブログで「自分の会社をもつ」ことを強く推奨している理由は、自分の帝国を作るほうが遠くに飛べて幸せになれるからです。

そもそもコロナで死ぬ人って、インフルエンザや自殺やガンでなくなる人よりもはるかに少ないのに、これだけ社会が大騒ぎするのです。
理屈じゃわかっていても、治療法とワクチンがない伝染病の蔓延は、感情的には静観できない。
人類がパニックになっています。

2020年、コロナ対応で多くの産業がダメージを受けています。
しかしですね、COVID-19が特別なものではないという現実があるのです。
ウィルスは人の体内で増殖しますが、変異もします。
もともとCOVID-19が武漢で発生したのも、動物か人の体内で遺伝子変異が起きたからです。
別に中国がけしからんわけじゃないようです。
もっというと、現在の人類の科学力はCOVID-19を設計して作り出すほどの力はないのです。
アフリカもエボラという恐ろしいウイルスの突然変異を経験しているではないですか。

ウィルスはその姿が明らかにされて100年経っておりません。
温暖化で永久凍土が溶け、古代のウィルスが蘇りとんでもない病気が流行る可能性もあります。
人類が天然痘ウィルスを撲滅できたのは、人にのみ感染するウィルスだったからだそうです。

とても、とても、奇妙だと思います。21世紀の今、なぜか、こういう突然変異ウィルスが流行る。
これが偶然でしょうか?
そして、パンデミックや前代未聞の災害が、なぜ、今起きるのでしょうか?
私は、偶然のせいにすることは思考停止だと思っていますから、さらに先を考えてしまいます。

今のパンデミックと自然災害は世の中のリセット願望の現れではないかと思っています。
だって、みなさんすでに「ビフォアコロナ」「アフターコロナ」と言っているじゃないですか。

このコロナ騒ぎで世の中はめちゃくちゃ変わる。

で、この劇的な変化が

あなたになにをもたらしていますか?

私は「会社に行かなくていい」という現実を手にして、「もう少しサラリーマン続けてもいいかな」と思っています。

人によっては郊外に引っ越した人もいますね。

逆にあいかわらず満員電車に乗り、コロナをもらってしまい治療と後遺症で会社を辞めなくてはいけなくなった人もいることでしょう。
人によっては虎の子の貯金を失ってしまった人もいるでしょう。

アパレル、飲食、観光、イベント関係で職業を変えるしかない人もいるでしょう。

最近の台風で家を失い、生活の再スタートがなかなかきれない人もいるでしょう。

これだけ多くの人に予想しなかった現象が降りかかり影響がもたらされているのに、今までどおりの生活が続くと考える人は呑気というよりも、愚かです。

変わるチャンスです。

象徴的なのが2020年10月1日の東証システムダウンでしょう。
油断があったのだとは思いますが、世界から冷たい視線を浴びています。
個人的には原因は原発のトラブルと同じ、日本人の慢心が引き起こしたのではないでしょうか。
これらは江戸時代から終戦までの日本方式の完全否定のように、私には思えます。

こういう中で今まで同じ生き方をすることは、ますます難しくなるでしょう。
たとば婚活女子のいう「普通の男=そこそこの大学卒+年収が500万円以上の企業+並の風貌+身長170CM以上+親族にやっかいなものがいない+優しい人格円満」が婚活市場にいると考えるくらい難しいでしょう。
とっくに恋愛結婚市場で完売しています。

こういう時に強く生きる方法はシンプルです。

しばしば断捨離と言いますが、余計なものを持たないことです。ローンを組まない。ローンとは安定収入が30年くらい続くというおめでたい考えでなければ恐ろしくて組めません。マンションは借金して買って、直後に売っても20%くらい値下がりします。マンション・デベロッパーの販管費のせいです。

車も必要なら購入するのでしょうけれど、ここ数年の軽自動車の流行は、みんなよくわかっているということではないでしょうか。

もうひとつは自立できるように資産をもつことです。
資産というとお金の知識がない人はすぐに不動産とか金塊とかを考えるようですが、無形資産ってご存知ですか?
お金になる知識、スキル、ノウハウを蓄えることです。
この手の資産は、見分ける力をもたないと、単なるお稽古ごとや教養講座になってしまうので注意が必要ではあります。

私がよく知るプログラミングの例で考えてみます。
今、巷ではプログラミング言語Python(パイソン)が大流行です。
じゃ、Python勉強すればカネになるのか?

なりません。

むしろ普通のサラリーマンでお金になるプログラミング知識はVBAです。
たとえばオフィスでちょっとしたシステムがほしいよ、という時、Pythonで書くヤツはアホです。
なぜならば、みんなが期待する形式での入力、出力が弱いからです。そこをカバーするためにコードを書く人間はセンスがありません。
アクセスデータベースに入出力する、ちょっとした作業はエクセルだやれるという人がゴマンといる世界で、なんでPythonなんですか? そこはそういうことに特化したVBAでしょう。

このようにプログラミング言語なんて、必要性に応じてなんでもいいんです。
自分の周囲でお金に変わる言語を選ぶべきなのです。

これはたまたまプログラミングを題材に取り上げただけで、他のスキルだって同様です。

自分がやりたいこと、それをもっと広い範囲の人に売りたいのであれば、無形資産を増やしていく必要があります。

しばしばそこらへんに転がっている投資案内で「お金がお金を生む」と言っていますが、自分の「能力が能力を生む」ほうがよほど手堅くカネになります。
大塚家具の株を買ってしまったと思うより、自分のために数千円の本を買ったほうがよい投資といえるのです。

もちろん常に「どうやってスキルを使って儲けようか?」と考えていない限り、単なる教養講座になりかねないところがリスクなのですが。

自分にどんなことが降り掛かっているとしても、それはどこか自分が行くべき方向に後押しされているはずなのです。
無形資産はそれをすすめるエンジンのはずです。

最後にまとめると当たり前の話です。
自分の生きたい自由度をあげるためには、借金などの自分を重くするものは避ける。
有形資産は難しいので、まずは無形資産を増やす、ということです。

関連記事

  1. バイクの不自然さが快感だった

  2. Youtubeの意味を感じた

  3. 資本主義と社会主義

  4. 日本が誇れるもの

  5. 船橋にシャネル

  6. 古い時代の亡霊

  7. ポスト資本主義(3)

  8. フランスの都市伝説