雑感(日記)

だから新聞はダメなんだと思う

毎日新聞の勇敢に「昭和最後の20年、単純化の暴力 愚かになった境目つぶさに 作家・磯崎憲一郎さん」という記事があり、何事も単純化する今のコメンテイターは恥を知れ風なことを書いている。
こんな記事を新聞に載せる編集者も同様にアホなんだな。

もしこの記事を読むのであれば、読む前にこの磯崎憲一郎(55歳)という男の顔を見てほしい。
どうだとはコメントしないが、この年齢になれば顔は履歴書だ。
この顔が立派な履歴書だろうか?判断は各自にまかせる。

今の世の中はとっても複雑だ。
昭和初期のような状況ではない。

専門に研究していない普通の人は「どうなってるの?」と思うことがあたりまえで、最初に「こうだ!」と伝えなければどうやって全体像を把握するのか?

そのあと、単純化された全体像だけで満足するのか、もっと掘り下げようと思うことはその人の興味による。

暇でしょうがない、松岡正剛とかこの磯崎憲一郎は「すべてを読んでいる俺はなんでも知っている」といいたいようだ。少なくともITの専門家の俺からすると、素人が入門書を読んでインターネットを語ることこそ恥ずかしいことだ。

にもかかわらず、彼らは自分が知っていることだけで因果関係を作り出し、あたかもそれが事実であるかのように語る。彼ら、うぬぼれ屋もやはり自分が関心があるものだけを見ていてなんでも知っているつもりでいることは、普通の人と大差ない。

歴史を正確に語るのであれば、単なる事実の羅列を書き並べるしかない。
以前も書いたが歴史の記述は編年体と紀伝体があり、編年体は事実の羅列であり、紀伝体は誰かを中心とした「物語」にすぎない。
田中角栄が当時の日本を作ったわけじゃない。田中角栄の「日本列島改造論」に当時の国民は熱狂したのだ。
俺が生きてきた時代だ。

みーんな司馬遼太郎の紀伝体+妄想の歴史本に毒されていて、歴史を動かす主人公がいると信じている。

じゃぁ、今の世の中を安倍晋太郎が動かしたといえるのだろうか?

それは事実か?忖度した役人についてはどうなる?

世の中は単純じゃない。このうぬぼれ屋さん達が「俺は知っている」という以上に雑然とした事実の羅列でしかない。
いくら因果関係を唱えようが、それは主観にすぎない。だって本当に因果関係があるかなんてわかりやしない。

人間なんぞよりCOVID-19とかいう予測不能なのにメチャクチャインパクトがあるもののほうが歴史に影響を与えていないか?

要約すると、こういううぬぼれ屋さんの主張するドグマ(独自理論)の布教を聞いて信者になるより、軽い単純化したコメンテイターの意見のほうが役にたつということだ。

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