「日本すごい」がおかしいわけ

巷のビジネスを見て

ここ数年、日本の技術は凄い、という雑誌記事やテレビ番組を目にします。

見ると確かにそこで頑張っている企業はすごいな、と思えます。
が、おそらくそういう記事を読んだり、見たりした人の心にはかすかな違和感があると思います。

私なりに考えてみました。

その話の前に「2:8の法則」についておさらいしたいと思います。

「およそ仕事、作業は2割の労力で全体の8割ができあがり、残りの8割は細部の2割を詰めるために使われる」

ということです。

ビル建築なんてわかりやすくないですか?
全体の基礎とビルっぽい形までは数ヶ月くらいでできますが、その後、竣工まで長い。

プログラムでもコアの部分を動かすまではすぐだけど、あれやらこれやら細部を詰めるまでに時間がかかる。

この法則を知らない人はたいてい納期まぎわに苦しむ、迷惑をかけることになります。

なぜならばなんとかく半分くらいできて安心してしまうからです。実は半分ができるまでは30%くらいの作業量なんですねぇ。

 

さて、本題に戻ります。
1980年代くらいに日本で粗悪品を見かけない時期がありました。
言い換えると「賞味期限切れ食品が出回る」なんて考えられなかった時代です。
そうバブル期です。
日本中が本業で食べなくても、不動産と株をグルグル回してお金持ちになれると錯覚した時代です。

しかしバブル期の前、バブル期以降は、もっぱら海外からなのは確かですが、安かろう悪かろう製品を見かけています。

「値段相応」という言葉は経済の鉄則です。
バブル期のみ、本業のコスト意識が薄れ、この法則が破られましたが、それは例外でした。

ところが記憶というものは恐ろしいものです。
日本の消費者は出す金額にかかわらず、どんなものも一定の品質が備わっていなければいけない、と思っています。
中途半端に知っている人は、クレーム対応を考えたら悪い製品を出すことは損になるのではないか、と考えています。

だから「日本の技術凄い!」番組や記事を見て、日本では当然だ、と考えています。

 

しかし「2:8の原則」を想い出してください。
ここに一億円の原価の製品がある、とします。なんとなく動くものを作るためには2000万円です。そこからさまざまな作業をし、2000万円から1億円の原価となるのです。

このように考えると、なぜ、海外の製品が安く、日本の製品が高いか一部は見えてこないでしょうか。
過剰な品質のために原価が跳ね上がるのです。
値段なりのものを作る割り切りを持てない、ということです。

仕事でもありませんか?
そこそこにしとけばいいのに、残業してしまう。。。
私も昔、よく先輩と衝突したもんです。もちろん、私はそこそこでいいと考える立場です。

世界で売れている日本車はこの問題をうまくクリアしています。
日本車は世界中で売れているくらい優秀かつ妥当な値段なんですよね?
でも、車のパーツ屋に行くと、タイヤとオーディオ製品は大量に展示してあります。
それは間違いなく売れているからだと思います。
だとすると、日本の車のタイヤとオーディオには死角があるわけです。
これは車メーカーが知らないはずはなく、価格においてその辺りは車そのものに関係ないから手を抜いているということだと思います。
車のカタログではオプションで入れ替えられるようにもなっていますよね。
このあたりのことは、海外に製品を売っている大企業ではわかっていることなのです。

なぜならば、先の日本の技術を誇る題材になっている企業をよく見てください。ほとんどが零細企業です。
パーツを作って大企業に納品する会社です。
ユニークだから買い叩かれてはいないでしょう。
それでもパーツである以上、粗利は相当に低いと思います。

つまり、特殊な技術、過剰な品質を見つけて「日本すごい!」とやっているわけで、それだけでは日本のビジネスにたいして貢献はしていないのが事実です。

しばしばAppleが求めてきた!とかをもてはやしますが、iPhoneを作り出せなかったことを恥じるべきです。いつから日本はパーツの提供に甘んじる国に成り下がったのでしょうか。
スティーブ・ジョブズがもっとも恐れたのはソニーの追随でした。
しかしソニーは愚かにも従来のパソコンメーカーの域から一歩も出なかったのです。
ウォークマンも気の狂ったような著作権保護機能をつけていており、MP3をサポートしないというバカな仕様のせいでさっぱり売れませんでした。
ソニーエンターテイメントをかかえているという内情が判断を狂わせたのでしょう。
もう未来永劫手遅れです。
このあたりは、創業経営者とサラリーマン経営者の実力の差です。
会社はこうして明暗を分けるのです。

ついでながら、職人芸は日本だけにあるわけではありません。
パッと思い出すのが、ロールスロイスやアストンマーチンという高級車を作る人々です。
木製のダッシュボードやボディに筆でラインを手書きで入れる人々は、その道何十年の職人です。
イギリスの靴職人、イタリアのカバン職人、ドイツのいろんなマイスター、スペインの家具職人、そしてスイスの時計職人など凄い職人はあげればきりがありません。
どれも高級品であることも見落とせない大事なポイントです。
こういう海外の職人が報道されないこともおかしなことです。
成熟した国にはたいていすばらしい技術を持った職人さんがいる、ということではないでしょうか。

日本の報道は、世界の評価だけを欲しがって世界を見ようとしないところにおかしさがあるのだと思います。

そしてなによりも私の違和感は、すごい技術をもった職人にしっかり報酬を払わない日本の経営者です。
言い換えると、すごい技術をお金に変えることができない。
職人にタダ働きさせるのが、日本です。

追記:その証拠が和服です。もういまやなくなるんじゃないかという和服業界。
そこで芸術的な染め物を作っている人々はいつ廃業してもおかしくない状況です。
そもそも和服って買ってすぐに下取りに出しても0がひとつなくなるようなものなのです。
これは売っているお店が本来の価値以上のものを売り、暴利をむさぼることをやめられないことを示しています。
売れないからますます暴利を取ろうとする。
作っている職人さんたちは江戸時代からたいして儲かっていない。
これが日本の産業の縮図ではないでしょうか。

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