日本のIT業界の本を信じてはダメ

By ttakao, 2017年6月2日

インターネットで記事をフラフラ見ていると、(ちなみに俺はネットサーフィンという言葉が嫌いだ。指しか動かしていないサーフィンって気持ち悪すぎると思わんかい?)「当時のマイクロソフトの立役者」とか「ビル・トッテンが」とか「日本のITの歴史が」とかいう、大げさな言葉をよく見かける。

すべてMS-DOS時代からの話。

その前のメインフレーム時代からコンピューター業界を見ている俺からすると、ホラ吹きも甚だしいと思う。

確かに日本語化するために苦労した話はわかります。

しかし、Windowsのかな漢字変換が突然、品質がよくなったり、Appleのかな漢字変換のことえりの作者の話とか、そういう話は彼らのホラ話の中では一切出てこない。

NECのPC-88,PC98シリーズが一時的に日本を席巻したけど(漢字ROM搭載が特徴だなんて)、世界の潮流に乗れるはずもなく消えた。
ついでながら、次に騒ぎになる電機メーカーはここだろうね。

ホラ話する連中は、製品の悪い点で苦労した、苦労した、と騒ぐがよい点がビジネスをひっぱったことは一切書かない。

結局は、マイクロソフトやAppleという企業の中で日本という極東の僻地でチマチマやったという話に過ぎないから、なにがビジネスをドライブしたかなんて理解していない。

結果としていかにすごかったかと技術論を語っているにもかかわらず、日本には世界にソフトを販売するレベルの大きなソフトウェア会社が現時点ではない

いったい、なんだったんだ?

ジャストシステムの一太郎は日本で未来永劫ワードプロセッサーのデファクトになると言っていた連中は大量にいたが、現実を前に口をつぐむばかりだ。今の20歳代の若者に聴けばいい「一太郎。古風な名前だね」くらいだろう。

日本のITの歴史の話で語っている連中の話は針小棒大で相当に割り引いて読まなきゃ本質を見失う。

ハードウェアについてもしかり。

現在に至るまでにほんのすこしの間だけ、日本製のPCが世界中で売れたこともあった。東芝のダイナブックを始めとするシリーズ。しかし無能な(と今言えば誰も異論はないだろう)東芝の経営陣にめちゃくちゃにされて市場を失った。

日本人が二言目に叫んでいる「日本の技術」って1990年から2000年にかけてIT関係は日本から消えた。

ソニーの出井が叫んだように、「デザインありき。技術は買ってくればいい。」と技術者をバンバンクビにしたのはソニーだけじゃなかった。
今、キャッシュを産まないものはすぐにやめる。それじゃ、なにも育たない。

この期間は歴史的に見ればパソコンがサーバーへの道を歩んだ時代だった。
みんなに崇拝されていたSun MicroSystemsがいつしか用無しになっていった。

日本の産業の経営者は株価最優先で目立つことと目先の利益だけを追い、致命的なミスをくり返した。

言い換えると日本がIT産業においてサーバーの技術で勝てる可能性はゼロとなった。

それだけの理由じゃないが、時代はグーグルが先導したクラウドに変化した。

クラウドはサーバーをインターネット上に隠すから、「クラウド(雲)」なのだ。

日本はIoTと騒いでもセンサーなどのパーツ屋として生き延びることはあるだろうけれど、サーバーを持てない以上やっぱり主導者にはなれない、と今のうちから言っておこう。

IoTと国内で騒いでも極東の島の話にしかならない。肝心要のソフトウェアとそれを動かす場をすでにもっていかれていて、どう戦うつもりなのだろう?

今、小学校でプログラミングと言っているが、それでロシアやアメリカに勝てることは絶対にない。

日本のIT関係の人が理解できていないことがひとつある。

高等数学を応用したプログラムを書くスキルが日本にはない

今、そういう計算をしている人々はみーんなフリーのライブラリーを利用していて作っている側の人はいない。

日本に世界に出ていけるソフトウェア産業なんてないのに、なんで学校でプログラム教えるんだろう?

 

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