サラリーマンのふり

放送と通信の違い

AbeamaTVが「ネット上のテレビ局」を目指しているそうな。
かの「ひろゆき氏」が絶対に事業として成立しない、と言っておられ、
その根拠がコストだという。
つまり放送は垂れ流しだから視聴者が100万人だろうが1000人だろうがコストは変化しない。
ところがネットは通信だから、100万人ならサーバーを連ね、太い回線を引かなければならない
と至極ごもっともなご意見。

友人が紹介してくれたNHKのメディア研究として村上圭子の書いたエッセイを読むと、海外のテレビ事情と日本の事情をグチャグチャにまぜている。
「だから、文化系は」と理系にバカにされそうな内容だ。

なぜならば、さすがNHKらしく放送というものがビジネスだという観点がずっぽり落ちている。
テレビは視聴者に同じものをばらまくという特質を忘れちゃいけない。
だから昔はテレビが「これが流行っている」といえば、みんなそれを買った。
ネットは個別の情報だ。テレビが放送しないことも、みんな知っている。
SMAPでジャニーズが情報コントロールを大失敗したのも、テレビと新聞を支配すれば真実は決まると思い込んでいたからだ。
ネット上ではキムタクと気持ち悪い工藤静香とジャニーズの女帝は完全に悪役、人非人である。
キムタクの主演ドラマの視聴率が上がらないのもネットの影響でなければなんなのだろうか。

ここから次世代のテレビの方向ってわかると思う。
だって自分の強みを強化するしかないじゃないか。
ならば、「みんなが知るべきこと」を強化するしかない。
なぜ、テレビが通信業と同じ「個」を狙うのかわからない。
それじゃ、通信業に勝てるわけがない。

おそらくテレビ局のキー局という情報素材を作る会社が東京に集中しているから本質を見逃すのだと思う。
NHKの村上圭子とかいう人も東京に住んでいるから、机上の理屈をこねくり回すことしかできないのだろう。

それでも田舎じゃNHKが大事だ、とか、アメリカの広大な大地の田舎で娯楽はテレビしかない、なんてことくらい知らないのだろうか。
トランプ大統領は田舎のそういう白人が投票したのだ。
言い換えると都会の人にはわからない理屈で動いている。

日本も同様だ。
どんな田舎にもヤンキーがいるのを不思議に思ったことはないだろうか?
東京でヤンキーなんていない。
でも田舎には生息する。
その教科書は漫画だ。

人が手にして動く情報は場所によって違うのだ。

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