走っているのは、おそらくこの人。佐藤秀峰。インタビュー記事が載っている。 映画になった「海猿」や「ブラックジャックによろしく」なんかの著作者といえば、売れない漫画家風情とはいえないだろう。
彼は出版社を発行媒体のひとつとしか捉えていない。主催している「漫画onWeb」(おもしろいので見てみては?)で、上に書いた作品を全部無料で掲載している。
多くの人が「そんな金のなる木を放り出すことをして、もったいない」と思うだろう。松本零士みたいに何十年も前に作った作品に固執し、ちょっとでも類似のものを見つけると大騒ぎする著作者に比べると対極にある。
しかし、インタビューを読むと、著作物の流通、いや、もっと広く捉えると漫画家というビジネスモデルについて、彼ほど深く考えている漫画家がいるだろうか?と思う。
従来は、出版社というものを中心に紙を印刷し、広告し、本屋という紙を並べるところに置いて、コンテンツ付き紙の束を購入してもらっていた。しかし、読者が漫画というコンテンツが大事で紙は無駄だと気づいた時、世界は変わる。「本」が単なる紙の束になる。
家いっぱいの紙に意味はなく、欲しいものはコンテンツだ、と。とくに漫画はその傾向が著しい。大量に印刷されるため、稀覯本にはまずならないどころか、新刊がもっとも価値がある、と佐藤秀峰さんはいう。まさにデータの価値と同じだ。
「ブラックジャックによろしく」も有名な作品だが、増刷されておらず、本屋にないという。作者としてはそのまま消えていくよりも、無料ででも読んでくれたほうが、書いた意味があるし、「漫画onWeb」に人を集客できるなら、もっていてゼロのものが経済価値に変わる。
俺はマンガ学校の生徒にも佐藤さんの話を聞かせるべきだと思う。以前、彼らと話した時、彼らは自分が描いたマンガを他人に見せようとしない。理由は、「見られたら、マネされるかも知れない。出版できなくなるかもしれない」なのである。この「かもしれない」はどれも限りなく実現性が低い。しかも出版社を頂点とした、今、崩れつつあるビジネスモデルを暗黙の前提としている。見られないものは、書いてないのと同じくらい価値がない、ということは誰かが教えてやらなければわからないことだと思う。
この間見た、電子出版の契約雛形は既存のビジネスにしがみついて今日もお給料がもらえるサラリーマンの産物であり、今回話題にした佐藤秀峰のWebでの試行は自分の存在をかけた試みである。
こういう知恵の勝負は、数年経ったら後者が勝つに決まってる。どれだけ当事者が真剣に考え、行動するか、で決まるからだ。佐藤秀峰と漫画onWebは今後も注目したいところである。