雑感(日記)

Amazonのレビューワーをやめた

Amazonのレビューワーでそれなりの順位にいたのですがやめました。

500位以内(正確には230位前後)にいましたが、「こんな順位をいつまで保てるのか」と思いながら、一応、購入したものについてレビューを書いていました。

2万回以上、「役にたった」してくれた人には感謝します。

しかし正直、自分の中ではひとつ余計なものが取れた思いですっきりし、ホッとしています。

 

やめた理由の発端は雑誌「家電批評」のインタビューに答えた記事です。

内容はトップレビューワーに中国から送られてくる、製品アンケートについてAmazonレビューを書いてほしい、という(ステマ)にどう対応しているか、です。
多くの人が明らかに黙ってやっています。じゃなきゃ、なんで動画まで撮ってレビューを書くでしょうか?

その実態についてインタビューで答えました。

出版社は記事のアクセスがいいからとあちこちに掲載しています。
(ちなみにあちこち掲載している「家電批評」の編集部のMさんに「レビュワ
ーくびになった」と伝えたら死んだふり。笑)

 

Amazonはレビューポイントに応じて、1000位以内からランキンググループがつきます。

一番大きいのが「役にたった」のポイントの集積ですから、アマゾンが始まったころからレビューを書き続けてレビューの蓄積がある人は上位にいます。

 

私もその例にもれませんでしたが、これをいつまで続けるのか?いい年になっても続けるのか?
チラチラと頭の隅で疑問に思っていました。

そこに来たのがアマゾンからのレビュー書き込み禁止です。

自分で購入した商品の新しいレビューが書き込めなくなっていました。
「え?」と思った一方で、取材には応じていますから心当たりはあるわけです。

アマゾンは便利でよく使いますし、AWSなどは日本企業もクラウド化で使いまくってます。一方で日本で税金払わない、労働環境の劣悪さ、不当な買い叩きなどがチラチラ報道される、よくも悪くも典型的な外資企業です。
社内では日本人の倫理観や、意見なんぞとおらないことは知ってます。
こういう処分も日本なら警告が出ますが、外資企業は一方的に問答無用で処分します。そういうものです。グダグダ抗議するともっと悪くなる。
「面倒くさいならおまえなんぞ客じゃなくても困らない」と極めて合理的に考えるのが外資系、いや世界のビジネスというものです。

だから「あぁ、アマゾンの関係者が見て処分決定したのね」と悟りました。

同時に思ったことが「じゃ、やめるべき時だ」ということです。止め時です。

そもそも、レビューなんて書かない人が世間には圧倒的に多いのです。

しかも下手に書いて公表していると、その人の購買傾向がわかってしまいます。
友人によっては「それってイヤじゃない?」って聞かれたこともあります。

レビューを書いている人のモチベーションは、少なくとも私の場合は「役にたった」の数、嘘ばかりの本に警告をあげることと順位でした。

いい年していつまでこんなもん書いているんだという思いはありました。
自分にとってはレビュワーランキングなんて、なんの意味もないことはわかっているのに、心のどこかで気にしていたんです。つまらんエゴです。
ゲームでガチャで金使い続けるようなものと同じ心理なんでしょうね。なんの意味もないのに気になって続けてしまう。

はっと我に返った思いです。

しかも最近のAmazonは購入した人のレビューしか許可しなくなってきています。
それではAmazonで買い物した人しかレビュワーの順位はあがりません。
言い換えると金持ちでモノを買いまくらないと上位となりません。
それってどうなんでしょ?

やめるからには過去のレビューが掲載され続けるのはイヤなのでプロフィールは完全非公開とし、すべて削除しております。
今、せっせと過去のレビューを削除しているんですが、ひとつひとつしか消せないし、商品自体が消えたレビューは消せないのがアマゾンの仕様のようです。メンドクサ。

アマゾンのレビュワーは本当の意味で卒業します。

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