英語はなめてはいけないけど、しょせん外国語

By ttakao, 2016年6月14日

今朝も地球の反対側のブラジルと英語会議。

最近、Skype for Businessのせいで場所を問わずパソコンさえあえれば会議ができるから、便利っちゃ便利。

普段、ブラジル人はポルトガル語。俺たちは日本語。

だから会話は英語。

普段の仕事ではこのパターンが多い。

中国人との意思疎通も英語。

インドネシア人との意思疎通も英語。

みーんな、母国語は違う。

だから英語は覚えたほうがいい。

でも、「聞き流すだけで英語ができるようになる」なんて絶対に嘘。

というのもアウトプットがないから。

かつての自分もそうだったけれど、いろんな人と英語で話すということに躊躇を感じませんか?

ましてやネイティブの速度でバーっと話しかけられて思考停止しませんか?

最大の難関は日本人同士で英語で話せますか?

子供のころから日本では英語でいじめられ続けて、「正しい英語」を話さなきゃいけないと強制されてきていますから、話すことの心理的ハードルは相当に高いのです。

だからといって「受験英語」を勉強すれば英語が使えるようになるも完璧に間違いです。

ウチに某有名大学を出た奴がいますが、英語で話すことは大の苦手です。

英語についての一般的なゴールとは、

・旅行で困らない

・ビジネスで困らない

じゃないでしょうか?

間違っても(語学オタクじゃない限り)

・ネイティブ同様にペラペラ話せる

なんていうバカなゴールを目指しちゃいけません。

 

この時考えて欲しいのは、香港や海外の観光地の土産物屋の店員です。

日本語で話しかけてきますよね。

で、多少の会話が成立する。

私はあれがゴールでいいと思っています。

さて、じゃ、どうするか?

実は簡単。

今は廃れきった英語の学習方法でLL(Listen and Learning)という方法があります。

年配の方なら学校に”LLルーム”ってありましたよね。

あれって実はアメリカで英語を外国人に教える研究の成果だったんです。

どういうことかというと、

「会話とは実は決まったパターンの単語の入れ替えにすぎない」

ということです。

その究極の姿が5文型なのですが、もっとルーズに実用性を追求した文型というものがあるのです。

この記事の表題で表示している本も本質は文型。

たとえば、not-only but (-じゃなく、これも)なんてものがありますよね。

これ主語にも目的語にもなります。

Not Only Japanese but UK people love “ラーメン”.

We should publish this document not only a local but also the world in English.

言葉とは条件反射の速度で処理されていますから、そんなむつかしい処理が脳内で行われるもんじゃないんです。

これが学問でもなく、ふざけた聞き流しでもなく、実用英語の姿です。

ただそれで何時間もやっていられるには「英語の体力」が必要です。

TOEICでがテストとして優れているのは数時間休みなしにやらせて「英語の体力」を見てますよね。

長時間、会話できるか、長時間、読んでいられるか、

こういう体力って地道に英語とともにいる時間を使わないとつかないです。

だから、もっとも効率的な学習方法はインターネットで「英語で自分の好きなことを学ぶ、調べる」ことなんですよ。

ちなみにTOEIC800点以上などというのは、似たような能力の社員(使用人)の差別のための基準であってホンキにしちゃいけません。
まぁ、そういう観点からすると管理職に昇進するために試験があるなんていう世界も狂気の沙汰だと思いますが、その世界に生きている間は仕方ないですよね。

稼げる人間になるにはTOEICが何点か、より、関心ある分野、たとえばAppleのコンファレンスの内容がどれくらいわかるかのほうが重要であることだけは、忘れないでください。

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