2012年とアセンション

By ttakao, 2012年12月26日

2012年12月21日でマヤ暦が終わる、と長年いわれ続けていたのに、12月になり突然、古いマヤの遺跡からの調査によるとマヤ暦が一巡するのは2015年だとかいう話がでてきた。

中国ではマヤ暦を中途半端に信じた人達が世界が終わると思い込んでいた。

この同時期に語られたのが「アセンション」である。アセンションは原義は、世界最後の日にキリストが神を信じる者を天界に引き上げることをいい「空中携挙」と訳されていた。が、後年になっていつしか人類が滅亡した時、半霊半肉になると解釈が変わってきた。

ご存知のとおり、12月21,22,23日を過ぎてもなにも起きなかった。世界が滅亡するなんて本を書いた、並木伸一郎とかマギーという占い師はどうするのか興味深くはある。

以上が、世間で語られた2012年とマヤ暦の話だった。

そんな話をよそに日本はブラック企業が蔓延し、日銀がいくら金融緩和してもお金は企業内に溜まっていき市中に流れない。韓国はGDPの90%が財閥企業による輸出依存でウォンが正当に高くなると国が倒産しかねない状況となっている。

 

個人的な経験を書く。

2012年という言葉を聞いたのは、亡くなった山田孝男さんからだった。彼が瞑想で未来に進んでいったら、2012年の時の門から向こうにはなにもなかった、と本人が言っておられた。

とあるチャネラーはマヤの太陽の石を読み取り、マヤの時の運行とマヤ暦や宗教行事はまったく別であることを指摘した。石も宗教も人心掌握のための道具であり、世界はその道具に見事に踊った。それでマヤの道具立ては目的を完遂したのだという。

世界は二分極化し、ブラック企業とそこにしがみつく物質しか見ようとしない人間と、企業に安住の地を見いださず思いの力を信じる人間とに別れ始めている。
こういうと「ぶっとんでる」と言われるであろうから、新聞風に書くならば、G7で世界を金融資本主義でコントロールするアメリカ中心の価値観から、G20が実態経済に基づいた世界政府としての足取りを少しずつ進め、多極化する世界になるという価値観である。
蛇足ながらEU内でドイツ対スペイン、ギリシャ、ポーランド、イタリアの対立はこれである。

スピリチュアリストの中では何年も前から、「ふたつの地球」として知られている現象が現実化しつつある。

一秒という厳密に定義した時間は変わらないが、体感的な時間の流れは早回しの映画のように変化している。例えば、インターネットが世間に認知されたのが1997年。それから15年しか経っていない。ウェブで食べている会社はすべて15年以内にできた。iPhoneが発表されたのが2007年。それから5年しか経っていない。タブレットの元祖iPadが発表されて2年。すべてが遠い出来事のように感じることで、時間の体感的速度の変化を感じられるであろう。

モノの変化が早いというのは、思念がモノに反映されやすい、ということだ。MAKERSを一冊読まなくても、自分好みのTシャツを製造させることは、簡単なことは誰もが知っている。物理現象とモノの考え方は密接であり、なにを考えても物理現象とは関係ないと思う考え方をしている限り、今の時代を理解することはできないだろう。

私が予言めいたことを書くとしたら、既存の企業の形態は今後はうまくいかず、経営者か作業員かわからないグループが同じ「株式会社」という看板を下げてはいるが、助け合いながら発展していくだろう。

なぜならば、既存の多くの企業は

  • 中心の数人が従業員を人間とも思わずに使わないとやっていけない利益率であること
  • 創業者から数世代を経て、自社のビジネスモデルとどう変化するべきかは考えずに漫然とごり押しする無責任さ
  • お客が実は最初に書いた人間とも思っていない人々であること
  • 日本は株式の持ち合いが発達しているため、経営者は責任を倒産するまで取らないでいい無責任が許されていること

から、制度疲労を起こしているからである。これでは、お客も従業員も浮かばれない。

新しい形態は東京よりも、むしろ被災した地域のほうが育っているように感じる。

従来と違う企業形態を単なる例外的な物理現象と捉えるのか、人々の思いに裏打ちされた結果としての新しい物理現象として見るのか、で個々人の人生も変わるだろう。

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