「舟を編む」

By ttakao, 2012年4月25日

たまたま、家人が買っていたので読んだ。

静かにいい本だと思った。作者 三浦しをんが、ライトノベル系もやっているため、登場人物のキャラクターが立ちすぎという指摘もあるが、それは的外れだな。
こういう仕事と趣味が一体となり、強いエネルギーを内包している人たちは、ちょっと変わったところがあるのが、むしろ普通。

このタイトルの舟が進む海は、日本語の海のことをいう。国語辞典「大渡海」を編纂する周囲の人々が、ひとつひとつの言葉の用例を集め、辞書を編んでいく数十年間を描いた小説。

小説ながら、リアリティはものすごくある。

ただ、感動させるプロットは「長年、細々と艱難辛苦して辞書に携わっていた学者が、最後を見届けることなく亡くなるが、周囲の人々の思い出に残る」というものであり、ちょっとやりすぎかな、とは感じた。

それでも、小説中によく出てくる「いますぐ結果を求める風潮」とは真っ向から対立する人々をうまく描いており、彼らの人生は幸せだなぁ、と思わざるをえない。

辞書編纂をする人の給料なんて知れている。わずかな生活費以外は神田神保町界隈で言葉の用例を見つけるために、身銭をきってバンバン本を買っていく。他に浮かれた楽しみを見出すつもりもない。
それは、今の流行に毒された人々からすれば、カッコ悪いバカみたいな生き方かもしれないが、中年の私からすれば、これほど地に足のついた眩しい生き方はない。

ほんの数十年間のことなのに、
「女は24,5歳まで結婚しなきゃいけない」
「クリスマスは恋人と過ごさなきゃいけない」
「子供は2人はいなきゃいけない」
「車はなきゃいけない」
「マンション、一戸建てと不動産はもたなきゃいけない」
というルールに追いまくられ、そのためにたいしたこともない給料の大半を注ぎ込んできた。それで達成した「人並み」って、どこが幸福なんだ?と思う
すべて他人の目を意識した生き方であり、自分など見つからない。そこにある個性は車のモデルや色だったり笑っちゃうくらい些細である。

上の「舟を編む」に登場する人たちは、私生活だろうが、仕事だろうが、「私は辞書の編纂者です」とすっきりと、自分が何者であるか言い切れるのだ。

こういう小説が絶賛される2012年以降、ますますこういう「自分のあり方」が問われる時である、と感じると共に、せめて今から生き方は変えようとあらためて思う。

 

What do you think?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です